The Full Investment

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主に米国株投資で配当金生活を目指しています。

仕事にやりがいを見出すことは不可能

ここで言う「仕事」とは、企業などに雇われて働くことです。

起業して云々は話が違ってきますので、ここでは議論しません。

 

 

嫌な仕事は嫌

「仕事にやりがいを見つけよう」とかよく聞きますが、やりがいを見つけようと意識している時点で、やりがいなんて見つかりません。 

 

やりがいを見つけようとするのは、今の仕事にはやりがいがない(辛い)からであり、「やりがいのない仕事」がいきなり「やりがいのある仕事」に変わるなんていうのは、自分の性格が激変でもしない限りあり得ません。

 

「工夫次第でやりがいは見つけられる」とか言う人がいますが、工夫したところで嫌な仕事は嫌なままで、根本的な気持ちは変わりません。

工夫すれば仕事がスムーズに進んで、楽しくなったように感じるかもせれませんが、それはただ仕事の負荷が下がって、ストレスが減っただけです。

「ストレスが減った」ことを「やりがいを感じた」と思えるなら、それはそれで幸せかもしれませんけどね。

 

 

「努力」したら終わり

世の中には、本当に仕事にやりがいを感じている人はいると思います。

そういう人は、もはや仕事が趣味であり、好きでやっているだけです。

仕事を仕事と思って取り組んではいないでしょうし、仕事で努力しているなんて微塵も感じていないでしょう。

 

しかし、こんな人はごく一部であり、ほとんどの人は「努力」して仕事に取り組んでいるはずです。

朝頑張って起きたり、上司の無茶ぶりに耐えたり、サービス残業したり…これらはすべて努力です。

こういった努力をして、「自分は頑張って偉い」と悦に浸っている人は、仕事のし過ぎで感覚が麻痺しています。

一度、自分が費やした労力に対して賃金が割に合っているか冷静に考えたほうがいいでしょう。

 

努力とは嫌なことを頑張ってすることです。

あなたが仕事で努力しているということは、あなたは仕事を嫌だと思っています。

そんな嫌な仕事を趣味にするなんて出来るわけがありません。

努力している時点で、それは「仕事」であって「趣味」ではないのです。

 

そもそも「仕事」とは、労力を提供して(辛いことをして)その対価をもらうことです。

仕事が趣味ではない人が仕事を続けるかどうかは、賃金や社会的地位維持ために割り切ってできるかどうかを考えるだけです。

とてもシンプルです。

 

 

おわりに

所詮、「仕事は仕事」なのです。

あなたが努力していると感じでいる限り、「仕事」は「道楽」にはなり得ません。

 

こんなぶっ飛んだことを堂々と言えるのが匿名ブログのいいところですね。